福岡地方裁判所久留米支部 昭和42年(ワ)18号 判決 1968年3月30日
主文
被告等は各自原告に対し金四、八九九、八五五円及び之に対する昭和四二年二月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告等の連帯負担とする。
この判決は原告において各金一〇〇万円を供するときは各被告に仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一項同旨、訴訟費用は被告等の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は、次の交通事故により傷害を受け、いまだ久留米市西町五一〇番地堀川病院に入院加療中である。
昭和四一年一月一七日午前〇時四〇分頃、久留米市諏訪野町六丁目一六三二番地先国道三号線舗装十字路で、被告近藤が運転する被告瀬口保有の普通貨物自動車(福四さ三四四一号)の左前部で、久留米市から八女市方面に向つて、左側を自転車で進行していた原告の自転車後部に、激突して、原告を転倒させ、因つて原告に対し頭部外傷及び打撲症肋骨左八本右二本骨折右下腿挫減の重傷を負わせた。
二、帰責事由
被告瀬口は事故車の保有者として、被告近藤は不法行為の加害者として、各自本件事故で生じた原告の損害を賠償する責務がある即ち、被告瀬口は、その肩書地で瀬口組と称して砂利販売業を営んでいるが、事故前日の昭和四一年一月一六日午後一〇時三〇分頃、被告瀬口の息子で被告近藤の甥に当る訴外瀬口博恵が、かねて自己の運転車で被告瀬口保有の本件事故車に、被告近藤及び西村嘉彦を乗車させ、久留米市三本松公園横まで運転し来つて、同所附近のバーで飲酒し、且つ疲労による睡眠のため帰途は被告近藤が右車を運転中本件事故を発生したものであるから被告瀬口は事故車の保有者として賠償責任がある。
又被告近藤の過失の内容は、同人は、昭和四一年一月一六日午後一一時頃、訴外西村嘉彦、瀬口博恵と、久留米市三本松公園横のバーでビールを飲み、近くのすしやですしを食つて、翌一七日午前〇時二五分頃、右両名を同乗させ事故車を運転して同公園横を出発し、時速約四〇粁で本件事故現場にさしかかつたが、同所は久大線ガード下で且つ深夜霧のため見透うしが不十分であり、ビールの酔も手伝つて前方注視を欠き、あまつさえ、被告近藤は昭和四〇年五月二一日第一種普通免許を得たが、貨物自動車の運転免許を有せず、無資格免許条件違反の運転であつた。
三、損害
本件事故により生じた原告の損害は次のとおり合計金四、八九九、八五五円である。
(一) 給料減額分金一六、〇〇〇円
原告は事故当時は久留米市教育委員会体育係長で月給五七、五二〇円であつたが、昭和四一年二、三月分として一ケ月金八、〇〇〇円宛減額された。
(二) 休職減額分金一二六、五四四円
昭和四一年四月一日から昭和四二年二月末日までの一一ケ月分、月額の二〇%減で一ケ月金一一、五〇四円宛である。
(三) 逸失利益分金三、七五七、三一一円
原告は、明治四〇年二月一〇日生で、昭和二六年八月久留米市役所に奉職し、事故当時は教育委員会体育係長として月給五七、五二〇円を得ていたのであるから、就労可能年数は七、九年で、これに対するホフマン式係数は六・五八九であつて、生活費一ケ月一万円を控除した一年分は金五七〇、二四〇円で、これに右係数を乗じたものが、前記得べかりし利益の喪失額である。
(四) 慰藉料金二〇〇万円
原告は、前記の如き重傷のため、意識不明五日で、その後も思考力なく、支離滅裂の状態であつたが、外科的には一応治癒したので、入院一六日間で昭和四一年二月一日久留米医科大学附属病院脇坂外科を退院し、久留米市の猪口内科に移り、約一ケ月後は混濁意識ながら漸次快方に向い、緩漫な歩行も出来るようになつたが、同年四月二〇日頃から精神状態が悪化したので、同月二三日堀川病院に転院し現在まで同病院で入院加療中であるが、病状は一進一退で同病院の準開放病棟閉鎖病棟を往来し、今日まで種々の療養を受けたが、未だ退院の見込みすら立たず、全く廃人同様の有様でその肉体的精神的苦痛は到底金員をもつてしては償い得るものではない。
被告瀬口は、肩書地で砂利販売業を営み近郷著名業者で多額の資産を有し、裕福な生活をなしている者である。
被告近藤は、昭和三七年三月一日頃から訴外瀬口辰雄経営の開発瀬口組に雇われて、本件事故当時は右組の主任として月給金二七、〇〇〇円を得て生活に困ることはない者である。
諸般の事情を考え合せると慰藉料は金一〇〇万円が相当である。
四、尚、事故当日の昭和四一年一月一七日から昭和四二年三月三一日までの治療費七一九、九二七円は、原告加入の久留米市職員健康保険と内金三〇万円は自動車損害賠償責任保険給付金にて支弁されているから右期間中の治療費の請求はしないものである。
と述べた。
被告瀬口の訴訟代理人は、原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、
一、請求原因第一項の事実中、事故車が被告瀬口の所有であることのみ認めるが、その餘の事実は不知。
二、同第二項の事実中、被告瀬口が事故車の保有者としての責任あることは否認する。身分関係を除きその餘の事実は不知。事故車は被告瀬口の所有であるところ、本件事故の時は、被告近藤が被告瀬口が格納していた車を全く無断にて持出し運転していたものであるから、被告瀬口には保有者としての責任はないものである。
三、同第三項の事実中、被告瀬口が多額の資産を有し裕福な生活をしていることは否認し、その餘の事実は不知。
と述べた。
被告近藤は、原告の請求は棄却する。との判決を求め、答弁として、
一、請求原因第一項の事実は認める。
二、同第二項の事実中、無資格運転の点は否認する。普通貨物自動車には規則がない。
三、被告近藤は自分でできるだけの事はして上げたいと思つている。
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
一、被告瀬口に自賠法第三条本文の賠償責任があるかに付て判断する。本件事故車が被告瀬口の所有であることは当事者間争いのないところであつて、〔証拠略〕によれば、
(1) 被告瀬口は、自身は運転免許は受けていないが、事故車を含めて貨物自動車を三台(ダンプカー二台と事故車一台)所有し、息子の瀬口博恵及び雇人の運転手に右自動車を運転せしめて砂利・砂の販売業を営み、又時には自動車を運転手附で他に賃貸することもあつたこと、
(2) 被告近藤は、被告瀬口とはその妻同志が姉妹の間柄であつて、両者の住居が五〇〇米位しか離れていない等から、昭和四〇年五月、普通自動車運転免許を受けて以来、数回私用のため被告瀬口が居るときは同人に、同人不在の時はおばあちやん等にことわつて事故車を借受けて運転したことがあること、
(3) 事故車の鍵は、いつも被告瀬口の住家の土間から上り口の処の柱に下げてあつたから、土間に這入れば自由に持出すことができて、事故車は車庫に入れてあつたが車庫には表戸がないからいつでも運転して進出することができる状態にあつたこと、
(4) 被告近藤が、本件事故の前日たる昭和四一年一月一六日午後、妻の実家に行くためその他の私用も兼ねて八女市に行くべく、事故車を借りようと思つて被告瀬口方に赴いたが、被告瀬口は留守であつたので、おばあちやんに車を借用する旨ことわつて、いつもの通り、被告瀬口の住家の前記柱に下げてあつた鍵を持出して事故車を運転して進行中、二、三百米行つたところで被告瀬口の息子瀬口博恵に出会つたので、同人を誘い、それからは同人が運転して八女市の被告近藤の妻の実家に到り、同家に居るうち、遊びに来た訴外西村嘉彦と夜食に行くことになり、瀬口博恵が事故車を運転して久留米市に来て、バーやすしやに立寄つて飲食したため、帰途は右瀬口博恵が睡眠と疲労を訴えたので、被告近藤が事故車を運転進行中本件事故を起したこと、
を認めることができる。右認定に反する被告瀬口の供述部分は採用せずその他右認定を左右するに足る証拠はない。
以上の事実によつてみれば、被告瀬口は右事故当時右事故車について運行支配を有していたこと勿論であつて、運行利益も存じていたものと解するのが相当である。されば被告瀬口は自賠法第三条本文によつて右事故による損害について賠償責任あるものと謂わなければならない。
二、被告近藤に不法行為上の責任があるかに付て判断する。
被告近藤は、請求原因第一項の事実は認めるところであつて、同第二項の事実中被告近藤の過失の内容に関する事実は無資格運転の部分を除き明らかに争わないから之を自白したものとみなすべきである。
されば、この事実によれば本件事故は被告近藤の過失によつて惹起されたものと解することができる。よつて被告近藤は右事故による損害について不法行為としてその賠償の責任あるものと謂わなければならない。
三、原告が受けた損害額に付て判断する。
(一)、(二) 〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時久留米市教育委員会体育係長として勤務していたが、右事故のため出勤できなかつたため、給料減額分一六、〇〇〇円、休職減額分一二六、五四四円の収入減であつたことを認めることができる。
(三) 逸失利益について、
〔証拠略〕によれば、原告は、明治四〇年二月一〇日生であつて、昭和二二年九月久留米市役所に勤め初め、事故当時は同市教育委員会体育係長の職にあつて給料月額五七、二一〇円を受けていたが、本件事故のため就労不能の状態になつた為、昭和四二年二月二八日にて退職したことを認めることができる。厚生大臣官房統計調査部の昭和四〇年簡易生命表によれば、六〇歳男子の平均余命は一五年強であるところ、原告は右退職時六〇歳であるから本件事故にあわなかつたならば尚その後五年間は就労し得たと解するのが相当である。
されば、退職時より本件最終口頭弁論期日までの期間を満一年としてこの逸失利益金七八六、五二〇円と、その後四年間分について中間利息年五分としてホフマン式にて割出せば金二、二八八、四〇〇円となり、合計すれば金三、〇七四、九二〇円となる。これが即ち逸失利益による損害金である。
(四) 慰藉料について、
〔証拠略〕によれば、被告瀬口が近郷著名業者で多額の資産を有しとの事実を除き請求原因第三項(四)記載の事実を認めることができる。右認定に反する被告瀬口の供述部分は採用せずその他右認定事実を左右するに足る証拠はない。されば、原告は廃人同様でまさに生ける屍とも云える状態で、死にも勝る残酷な姿である。その肉体的精神的苦痛は察するに餘りあるところである。これを慰藉するためには前記の事実その他諸般の事情を考慮すれば金二〇〇万円が相当であると解する。
原告が本件事故により受けた損害金は合計して金五、二一七、四六四円である。
四、されば、被告等は各自右損害金の賠償義務あるものと謂わなければならないが、原告は、損害金として金四、八九九、八五五円及び之に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年二月二四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めているから、原告の本訴請求は正当としてその請求の範囲にて之を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小出吉次)